お休みの日には空をあおいで

 陽射しは正午に近かった。うつぶせに寝転がった背中に初夏の日溜りが心地よい。ときおり吹きこむ涼やかな風が、かすかに髪をなでていく。
 このまま草の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、そしてそのまま眠り込むことができたなら、どんなにいいだろう……。
 頬杖をとき、腕の中に顔をうずめる。頬に草の冷たさを感じながら、目を閉じかけたとき。
 草を踏み分けるせわしない足音が、僕を眠りから引き離す。
「こらっ、ちゃんと見張ってたのっ?」
 うん、と生返事で答えて、僕は体を上にねじった。僕を見下ろすナナミの顔が影になり、太陽の光が飛びこんでくる。
「まぶしい……」
「ちゃんと今まで目を開けてたら、まぶしいってことはないはずだよっ」
 ぺし、と頭を叩かれる。体を起こし、ナナミに向き合った。
「うん……でも、いい天気だし……」
「いい天気、も何もないの! 絶対今日こそは捕まえるのよ、例の食い逃げ犯、も〜う逃がさないんだから。私の弟の名をかたるなんて、いい度胸してるわ」
「食い逃げ犯……って、もう決まってるんだね……」
 僕の呟きをよそに、ナナミは髪をまとめているピンクの布の端を両手に持ち、更にきつく縛り上げる。
「決まってるったら決まってる! コウくんの話、聞いたでしょ? 同盟軍リーダーとおんなじ格好をした見知らぬ人が今! 自分の家の宿屋に泊まってるって。私さっきエリさんにも聞いてきたの。エリさんって、コウくんのお姉さんよ、私たちに宿屋を案内してくれた三つ編みの女の人。エリさんが言うにはね、例の犯人、トランの方から来たっていう以外には自分のこと何にも言わないんだって。それでね、連れの若い男の人としかほとんどしゃべらなくて、ずっと宿屋の裏側で釣りばっかりしてるんだって。観光っていう雰囲気でもないらしいし、これはもう、絶対怪しいわ!」
 深い草染めのだぶだぶズボンの腰に手をあてて、ナナミは力説する。
「……僕が聞いたのは、彼は自分が同盟軍リーダーなんかじゃないって言ってたって話なんだけど……」
「だ・か・ら! いい加減にそろそろ犯行がばれそうになったから、今は休んでるだけなのよ。別にうしろぐらいところがなければ、人目をさける必要も無いはずよ!」
「……そう言われれば、そうかもしれないけど……」
 ナナミの怒る気持ちはわかる。このところずっと、僕らは宿泊する宿屋宿屋で、さんざんな目に遭ってきたのだ。サウスウィンドゥ、トゥーリバー、ロックアックス、どうも都市同盟領一帯にわたって、同盟軍リーダー……つまり僕……の名をかたってただ食いして姿を消す人物がいるらしく、おかげで僕までそいつらと同じ仲間に見られてしまったというわけなのだ。
「もうっ! 悔しいったらないわ! 他ならぬ私の弟なのよ! なんでそんな、こそ泥まがいのことするなんて思われるわけ? 許さないったら許さない!」
 例えばだ。同盟軍リーダーの名をかたった食い逃げ犯がいると聞いたのがリドリー将軍とかシュウ軍師だったら、同盟軍リーダーの顔に泥を塗られたと、もしかすれば怒るかもしれない(彼らはもともとそんな噂なんかに腹を立てたりはしないだろうけど)。でも、ナナミは違う。ただ僕が僕として食い逃げ犯に疑われていることに、怒ってるんだ。
 僕は思わず、小さく声をたてて笑う。
「ちょっと、笑ってる場合?」
「ううん。ナナミの思ってることで、笑ったんじゃないよ。ええと……その……」
 僕は口ごもる。
「……やっぱり、いいや。ねえそれで? その怪しい二人組みがどうしたって?」
「うん、だから私、考えたんだけど、やっぱり直接犯人に会って、とにかく今までのことはしっかり反省させて、あとは心を入れ替えて世のため人のために働いてもらうの! ゲンカクじいちゃんが言ってたじゃない、人は真っ直ぐ生きることが大事だって」
「そうだね、そう言ってたよね……」
 真っ直ぐ……僕は思うように生きてるだろうか。もし目の前に広がる道が真っ直ぐで、一本で、迷うことも遠回りする必要もないなら、僕は……
「同盟軍リーダー、か……」
「うん? 何か言った?」
 ナナミの声に、僕は我に返る。
「ううん、何でもないよ。とにかく、僕は男の人をナナミが引きつけてる間にその横を通り過ぎて、人目を避けて釣りをしてるっていう食い逃げ犯に直接会って、話をして、改心してもらえばいいんだろ?」
「そう! さすがは私の弟! さあ、監視の続きよ!」
 ナナミは僕の頭にてのひらをあて、むりやり草むらに押しこむ。隣にナナミもしゃがみ、草むらごしに、切り立った崖の下に立つ男の人に視線を向ける。
「よ〜し、逃げてなかったようね。見てらっしゃい、絶対に追い詰めてやるんだから」
 ナナミの熱い視線に気づいているのかいないのか、男の人は細い体に似合わない大ぶりの斧を木に立て掛けたまま、自分も幹にもたれて座りこんでいる。吹きこんだ風が、青年の金の髪を揺らした。顎の線に沿うように、頬に大きな十字傷が刻まれている。
「斧といい、頬の傷といい、何て言うか……似合ってないよね、あの人……」
「そうね……。いっそシモーヌさんみたいな格好したほうが、似合うかも知れないね」
「十中八九、嫌がると思うよ……」
 僕らが話しているあいだに青年は、緑のマントを体に巻きつけると目を閉じた。
「眠った……のかな? もしそうなら、そうっと横を通り過ぎるだけなんだけど……。でもそれがだめなら、当初の作戦通りいくわよ、きちんとここで待機しててね。準備はいい?」
「うん、まあね……」
気乗りしない返事がつい口から出てしまうのは、実はほんとに気乗りしていないからだったりする。
「ほら、しっかりなさいよ、私の弟でしょ? このところずっと戦いばっかりだったし、ちょっと気分転換、ね?」
「うん……わかった」
 陽射しを受けたナナミの笑顔に、僕も笑いかける。
 ナナミが笑ってくれるなら、今は……まだ、それでいい……



この作品のみどころ

 いま二人から熱い視線を向けられている人物が誰なのか、あえてここでは語らずにおきましょう(笑)。
 この出だしの部分だけでも分かるとおり、この作品は2主人公の一人称で書かれた小説です。
 この話を書くまで、まさか2主人公がここまでノリのいい子だとは、実は思っていませんでした。
 書いていてとにかく楽しいお話だったことを憶えています。
 このお話ではゲームストーリー主要キャラがそろって大活躍!
 坊ちゃんと2主人公はもちろんのこと、ナナミにビクトール、フリック、そしてルック!
 豪華メンバーが勢ぞろいです♪
 それだけじゃないですよ、2主人公と坊ちゃんが、一緒にグレッグミンスター城の屋上に行ってみたり、当時の戦いのことを、坊ちゃんがちらりと2主人公に語ってみたり……
 おいしい場面が目白押しです!(笑)
 おかげさまで好評をいただいているこの作品、よろしかったらどうぞご覧になってくださいませ♪





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