翌日、船は北東に進路を取って進んでいた。
紋章砲の砲撃を受けてから雨が絶えないという、イルヤ島へ向かうためだ。
近づくにつれ空気は冷たく重くなり、空が少しずつ暗くなっていく。
雨がぽつぽつと降り出した頃、僕は船内に入った。
階段を下りると、ビッキーが立っている廊下に出た。
「リーダー! 外にいたんですか。イルヤの雨にはあまりあたっちゃいけないってユウ先生が言ってましたよ。砲撃で舞い上がったちりやほこりが混じってるって」
「うん、ありがとう。でも一応、見ておきたくてさ」
僕が生まれる前、何があったかを。
「この辺の空って、暗いですよね。私、暗い空って苦手なんです。なんか……霧の船のこと、思い出しちゃって」
「霧の船? ビッキーも知ってるの?」
「うん……ぼんやりと。私あの船に乗ったのかなあ。船がすーっと近づいてきたのは憶えてるんだけど……。やっぱり分からない。思い出そうとすると、かえって頭が真っ白になるの。霧がいっぱい詰まったような」
ふと僕は、僕をここにテレポートで送ってくれたビッキーの言葉を思い出す。
子どもの頃の記憶がないのだと、そして、どうして記憶がないのか、その理由の心当たりが、この船のビッキーにもあるはずだって、言ってたことを。
「ねえ、もしかしてビッキー、その船を見たのって、まだビッキーが小さい頃?」
ビッキーが首をかしげる。
「まだ? 小さいって……どういうこと? 私って前は小さかったの? 小さくって大きくなるの? 分かんないよ……」
混乱させてしまった。
そういやナッシュさん、言ってたな。小さいビッキーのほうがずっと大人みたいだったとか何とか……。このことと関係あるんだろうか……
「え、ええと、そうじゃなくて、ずっと、ずっと前! ビッキーが子どもの頃!」
ビッキーの顔が、ぱっと明るくなる。
「そう! そうだよリーダー! 子どもの頃、私、あの船を見たんです! 思い出したあ! ……でも、あれ、それで私……どうしたんだっけ……。……思い出せないよ……」
ビッキーはうつむく。長い髪が流れるように横顔を覆い、表情は見えない。
なぜかビッキーの肩が、ずっと小さくなった、そんな気がする……
「ごめん、変なこと訊いたよね、もういいんだ」
ビッキーは顔を上げ、
「でも、リーダー……私の知ってるリーダーだもの。テッドさんの紋章、受け継いだんですよね。だったら船のことやっぱり気になりますよね。ごめんなさい、でも私分からないの……」
「いいんだ、大丈夫。船のことはテッドが教えてくれるよ、きっと」
ビッキーの表情に、いつもの笑顔が戻る。
「そう? なら、よかった。リーダー、イルヤに着いたらこの船のリーダーたちと一緒にクールークに行くんですよね、気をつけて」
「ありがとう」
ビッキーと別れ、僕は階段を下りる。とにかく歩いて、考えを整理したかった。
船の記憶を、子どもの頃の記憶ごとなくしているビッキー。
もしかして、ビッキーが記憶をなくしたのは……船に原因があるんじゃないだろうか。
それだけではないかもしれないけど……原因のひとつには、なりうるんじゃないだろうか……
ビッキーの時間軸がよく分からなくて。……この小説では1、2、4の順番でテレポートしている設定になってます……
[小説の目次ページへはブラウザを閉じてお戻りください]